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東京地方裁判所 昭和33年(レ)681号 判決

控訴人 河野俊次

被控訴人 同栄信用金庫

主文

原判決中控訴人勝訴の部分を除きその余の部分を取消す。

被控訴人は控訴人に対し金三万三千円を支払え。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張は、控訴代理人において、損害金の算定につき本件株式の価格は昭和三十四年三月末日即ち当審における最終口頭弁論期日の前日において一株金八十八円となつているから、控訴人が払込むべき金五十円を差引いた残金三十三円が一株につき蒙つた損害金となる。よつて控訴人は、控訴人が取得すべかりし新株一千株分として金三万三千円の損害金を求める。と訂正し、被控訴代理人において、控訴人の右主張事実は争う。尚控訴人は同人が株式の割当があつた場合には、必ずその引受をなしたであろうという事実につき何等立証しないから、この点においても控訴人の主張は失当であると述べた外は、原判決事実摘示と同一であるから、之をここに引用する。

立証として控訴代理人は甲第一乃至五号証を提出し、原審に於ける控訴本人河野俊次の訊問の結果を援用し、被控訴代理人は、原審証人中島義一の証言を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

一、被控訴人が昭和三十三年二月三日控訴人に対して株式会社富士銀行旧株式一千株を引渡したことは当事者間に争がなく、右事実と成立に争のない甲第一、二号証及び弁論の全趣旨を綜合すれば、控訴人は昭和二十八年五月六日株式会社富士銀行旧株式一千株に質権を設定し被控訴人から金十万円を弁済期同年六月六日、利息百円につき一日四銭にて借り受け、控訴人が実質上の権利者である河野一郎名義の右株式一千株を質物として被控訴人に交付した、右債務に対し控訴人は金一万円を支払い同年八月七日迄弁済の猶予を得たが、期日前である同年七月末日残債務を支払つたので質物たる前示株式の返還請求権ありとして被控訴人を相手方として昭和三十年中に東京簡易裁判所に対し訴を提起したところ、同裁判所は昭和三十一年四月九日控訴人の請求を認容し被控訴人は控訴人に対して前示株式一千株を引渡すべき旨の判決を為し、被控訴人は之を不服として東京地方裁判所に対し控訴したが同裁判所は控訴棄却の判決を為し右判決は昭和三十二年十一月中旬頃確定したこと、被控訴人は右判決によつて認定された返還債務の履行として昭和三十三年二月三日控訴人に対し、同銀行株式一千株を引渡したこと、を認めるに十分である。以上の如くであるから被控訴人は昭和二八年七月末日限り控訴人に対し前示質物を返還すべきに拘らず昭和三十三年二月三日までその履行を遅滞したものというべきである。

二、仍て損害の点につき検討する。

成立に争のない甲第三号証によれば前記訴外銀行は昭和三十一年三月三十一日現在の株式に対しその所有株式一株につき新株式一株(発行価格金五十円、同額払込)の割合で割当てること、その申込期日同年六月二十二日払込期日同年七月二日と定めてその頃新株を発行したことが認められる。

而して株式会社富士銀行の株式か所謂優良株に属することは当裁判所に明らかであり昭和二十八年九月以降同三十二年九月迄合計九回の配当期には何れも一抹につき額面の一割以上を配当して居ることは前示甲第三号証の記載により明らかであるから、此等の事情を考慮すれは、前記銀行の株式を有する者は一般的には容易に之を手離し難い状態に在つたものと謂ふべく、又斯る会社の新株発行にあたり、株主に対し所有株式に応じて新株を割当てる場合にはこれを引受けるのが通例のことに属するのみならず、甲第三号証によれば此の際の新株は公募分については一株につき七十二円であつたのに対し株主割当分は一株につき五十円であつたことが明であるから、此の事実をも参酌すれば、特別の事情の認められない本件においては、控訴人が前記株式を遅滞なく引渡されていたならば、これを手渡すことなく、(このことは、控訴人が前記の如く株式を担保としたにすぎないことからも窺いうる。)前記認定の新株の引受を為したであらうことは推認するに難くない。

然して成立に争のない甲第五号証によれば前記株式の株価は、当審における口頭弁論終結時に接着する昭和三十四年三月末日現在において一株金八十八円であることを認めることができるから、控訴人は、被控訴人の債務不履行により新株引受を為し得なかつたことに因り、払込金額と時価との差額一株につき金三十三円の割合にて一千株合計三万三千円の損害を蒙つたことになる。

しかしながら増資のための新株発行の如きは、通常起り得る事柄に属するものであるとは解し難いので、被控訴人をして前記損害を賠償せしめるためには、被控訴人が前記認定の新株の発行のあることを予見し又は予見し得べかりしことを必要とすると解すべきである。

而して特別事情を予見し又は予見し得べかりし時期は、履行遅滞の状態の継続する限り、履行期のみならず履行期以後特別事情の発生の時までと解すべきである。蓋し履行期のみを標準とするときは、遅滞後特別の事情の存在を知り而も本来の給付可能なるに拘らず、その給付をなさない債務者をして損害賠償義務を免れしめる不合理を生ずるからである。

これを本件について看るに、被控訴人が金融機関であること(信用金庫法第五三条参照)に鑑みるときは、被控訴人は株式市場の状況、有名会社の新株発行等については常時注意して居るものと認むべきであるから、被控訴人は本件履行遅滞の継続中であり且新株発行の発表の時から前記認定の申込期間の末日たる昭和三十一年六月二十二日迄の間に本件新株割当のあつた事実を知つて居たもの乃至は知り得べかりしものと認めるを相当とする。

しからば被控訴人は控訴人に対し一株金三十三円の割合による一千株分金三万三千円の損害を賠償する義務があるというべきである。

三、よつて控訴人の右損害金三万三千円の支払を求める請求は正当であるから認容すべく、原判決中控訴人主張の本件損害賠償請求を棄却した部分は失当であるから之を取消し、民事訴訟法第三百八十六条、第八十九条第九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 鈴木忠一 田中宗雄 柏原允)

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